2012/05/27

Roaring Twenties

少しばかり前のことですが、遅ればせながら、一部にて話題の映画「アーティスト」を観てきました。カンヌ映画祭やアカデミーでいくつかの賞を獲得したからというよりも、21世紀に製作された新作サイレント映画が公開されるとなれば、これは是非とも観なくてはと思い、映画館に駆けつけた次第です。

サイレント映画をちゃんとした上映施設で観るのは本当に久しぶりのことで、10年以上前にミニシアターでのグリフィス特集に行って以来のような気がしますが、それはともかく、映画にあっては音声・音響などというものは、本質的に不要なのではないかと思ってしまうほど、「アーティスト」における監督の演出&役者の演技は素晴らしかったです。その事実を圧倒的に証明していたのが犬のアギーで、一切セリフをしゃべることが出来ないにもかかわらず、あの犬なくしてあの映画は成立しないというほどの存在感だったのでした(それ以上はネタバレになるので書きませんが)。いずれにせよ、あまりの素晴らしさに声も出ない(サイレント映画だからw?)ほどの出来映えだと思いました。 

さて、この映画を観ている間、どういう訳かウッディ・アレンの「カイロの紫のバラ」のシーンのいくつかが、しきりに頭をよぎりました。主演女優のベレニス・ベジョがミア・ファローにどこか似ている(笑)ためかも知れないし、「カイロ~」でバスター・キートンのサイレント映画へオマージュを捧げたアレン監督の心意気を思い出したからかも知れないなどと思いながらも、いやいや、どうもそれだけではなさそうだと考えながらの帰宅途中、Roaring Twentiesという主題に思い当たりました。

どういうことかというと、「アーティスト」の時代設定は1920年代後半から30年代前半になっており、サイレントからトーキーへの移行やブラックマンデーなど当時のエピソードを背景に、フラッパーやジャズといった文化・風俗的な考証にも目を配りつつ、この時代の物語を描くに際してわざわざサイレント映画として製作するという心憎い仕掛けがなされています。他方、演出の手法としては正反対ですが、「カイロ~」もその当時へのノスタルジーに満ち満ちており、その辺りの雰囲気が自分の中で繋がったのかも知れないと思い到った次第です。

ところでその夜、自宅に戻ってから何気なく「ウッディ・アレン」とネットで検索してみたところ、驚くべきことに、彼の新作映画「ミッドナイト・イン・パリ」は1920年代のパリが主な舞台であり、フィッツジェラルドやヘミングウェイといった「失われた世代」のアメリカ人作家がパリに滞在していた時代に、現代のアメリカ人映画脚本家がタイムスリップを起こす物語と知りました。何と言う偶然!

 ・・・という経緯から当然のこととして(笑)、昨日の封切りで早速「ミッドナイト~」を観てきました。長くなるので感想は省略しますが、フランス人監督がフランス政府の資金協力も得て20年代のハリウッドを題材にした映画を作ったのとほぼ同時期に、ニューヨーク在住のアメリカ人監督が20年代のパリを舞台とした映画を製作したのは、単なる偶然なのか/それとも何かの必然なのか、どこまでも興味は尽きません。 

(追記)「アーティスト」の監督&主演女優は、「カイロ~」の場合と同様、私生活上のパートナーでもあるそうです。こういう細部の一致も面白い!