2008/12/28

ファウスト2008 SUMMER Vol.7

新聞や雑誌などを読んでいると、たまに、「最近の若い人は本を読まない」とか「若者の活字離れ」といった言葉をうっかりあるいは不用意に口にしてしまう人を見かけてしまったりするわけですが、そういう人は、例えばシリーズ9作で計500万部も売れた谷川流の小説「涼宮ハルヒの憂鬱」を一行も読んだことがなかったり、もしかすると書店のライトノベル・コーナーなどに足を運んでその膨大な作品数に圧倒された経験がないのかも知れません・・・などというと、良識のある人たちから顰蹙を買ってしまうのですが、しかし一方で、「蟹工船」や「カラマーゾフの兄弟」の売れ行きばかりがマスメディアで話題になる風潮というのも、(個人的には)非常に不健康なことであるように感じます。

とは言っても、この際ライトノベルやサブカルチャー系の小説をここで擁護・顕揚し、その読者・愛好者と広く連帯したいという野心を密かに抱いているわけでは全くなくて、単に、そろそろ2008年もあと少しで終わろうかという時期になったので今年一年間に目を通した文芸関係の書籍のなかで最も印象的だったものは何だろうかとぼんやり考えてみたところ、個人的には表題の雑誌「ファウスト」を発見したことかなぁという結論にとりあえず達した次第なのですが、それと同時に、やはり書店では隅々まで細かく見て回らないと目に入らないものが実に多いということを(今年は特に)思い知らされた気がする、という感想を書いてみたかっただけです。当り前のことなのかもしれませんが。

それにしても、強いて分類するなら文芸誌に属するであろうこの雑誌を実際に初めて手に取った時には少なからぬ衝撃を受けました。新書判サイズで1240頁・厚さにして5.5cmもあり、ちょっとした辞書並みの重さの「文芸誌」がこの世に存在するなどとは思ってもみなかったからです。

さらに、そうした物理的体裁の問題はおくとして、また、ここで読まれるものが果たして文学なのだろうかという根本的な疑問も一時保留にしておいて、とにかく手当り次第に頁を読み進めていくうち、たとえば、「サブプライム問題とその影響」とか「グローバル・スタンダードの限界」といったテーマを生真面目に論ずることの反動性というか、ジャーナリスティックな言説だけで物事を判断するときに陥りがちな落とし穴というか、要は、文学として表現されることで初めて認識されうる諸現実を無視した考察は、結局のところ単なる抽象論に過ぎない、と感じさせられました。

「文學界」や「群像」に、あるいは「ユリイカ」に、果たして(現代日本の)文学のフロンティアが存在するのか否か分からないのと同様に、「ファウスト」がこれからの文学にどのような影響を与えるのか個人的には想像もつきません。しかし、単なる流行とか一過性の現象といった言葉では片付けられない何かが、すでに(あるいは、とっくに?)始まっているのは間違いなさそうです。

時代と並走しながら本を読むのが少々辛く感じられる年齢にさしかかりつつあるような気もしますが(苦笑)、同時代人の義務として今後もフォローを続けようという個人的な決意を、今年の締めくくりの一部としてみます。

皆様どうぞ、良いお年をお迎え下さい。