2025/09/23

『ゆきてかへらぬ』

 

今年の1月のことですが、干支がちょうど一回り上の先輩(高校生の頃から小林秀雄を読み耽っていたという早熟な文学青年です)と話をしていた折、どういうわけか小林秀雄の話題になりました。 私が「そういえば、小林の恋人だった女優・長谷川泰子の自伝『ゆきてかへらぬ』が映画化され、間もなく公開されるそうですよ」とうろ覚えの情報を口にしたところ、「それなら各々その映画を観ておいて、感想を肴に一献傾けよう」という話になり、3月にさっそく足を運んでまいりました。

正直なところ、長谷川泰子、小林秀雄、そして中原中也と、今や滅多に話題にのぼらなくなった彼らの、いわば「内輪話」を今更映画化したところで観客が集まるのだろうかと、一抹の不安を抱きながら都心の映画館へ向かいました。 ところが客席を埋めていたのは、予想に反して若い観客たちでした。オープニングを飾る見事なワンシーン・ワンカットのクレーン撮影。そして登場人物が去りゆく場面を捉えたエンディングのロングショット。それらを見届けた終映直後、私は「何か」を思い出しそうな感覚に襲われましたが、その時はまだ正体が掴めませんでした。

主要キャストの3人は、普段テレビドラマを全く観ない私でも強く印象に残るほど素晴らしい演技を見せてくれました。後で知ったことですが、皆さん今をときめく実力派の俳優さんたちだそうです。 それにしても、なぜ今この3人の物語を映画化したのか。気になって調べてみると、脚本の田中陽造氏(86歳)が40年前に執筆したシナリオが元になっていると分かりました。さらに、その旧いシナリオを令和の今に映画化した根岸吉太郎監督(75歳)のフィルモグラフィーを眺めていた時、ふと思い当たることがあったのです。

今から46年前の3月、高校入試を終えて中学卒業を控えたある日、私は中学の同級生3人と学校をサボり、こっそりと「日活成人映画」を観に行ったことがありました。作品名も内容もすっかり忘却の彼方でしたが、劇中で繰り返されたドビュッシーの『亜麻色の髪の乙女』の旋律だけが、強烈に記憶に刻まれていました(この映画で初めて知った曲でした)。 あれこれと調べ尽くした結果、驚いたことに当時観たその映画の監督こそが、若き日の根岸吉太郎氏だったことが判明したのです。

最新作の『ゆきてかへらぬ』と、46年前のあの映画にどのような共通点があったのか、今となっては知る由もありません。しかし、こうした実人生における意外な符合、トリビア的な発見は、個人的にたまらなく心躍るものです。 実は近々、当時一緒に映画を観た同級生たちと会う約束があります。彼らがあの日のことをどの程度覚えているか、この「発見」を肴に語り合うのが、今から楽しみでなりません。