今日の午前中は、神宮球場へ学生野球の観戦に行ってきました。自分の在学中には行ったことがなかったのですが、3年ほど前から春と秋のリーグ戦の期間中に一度は球場に足を運んでいます。経験のある方はおそらく賛同して頂けると思うのですが、秋晴れの神宮球場のデイゲームは、試合内容や勝敗とは無関係に楽しめる要素がたくさん詰まっていて、学生野球に全く関心のない人でもそれなりに快適な時間を過ごせると(個人的には)思います。
たとえば、球場から見える大空はどこまでも深く青く360度パノラマ状に広がっていて、球場周囲の緑は目に優しく空気も爽快で、ちょっとしたハイキングに来たような気分にさせてくれます。
あるいはまた、観客席で隣り合わせになる人達との触れ合いには、こうして神宮球場で居合わせることがなかったら自分の日常生活では絶対に出会うことがなかったであろう一期一会的な遭遇を感じさせてくれます。
さらに、学生野球独特の応援風景は、選手のみならず応援部員と観客とのコラボレーションによって可能となるものですが、高校野球や社会人野球とは一味違った心地好さに浸らせてくれます。
ところで唐突ですが、自分は小学校時代を東京都調布市で過ごしました。そして、その頃の調布のリトルリーグ・チームは、世界チャンピオンでした。
そうなると必然的に、当時の調布の小学生の男の子たちは、「リトルリーグで世界制覇」→「シニアリーグでも世界制覇」→「甲子園で優勝」→「プロ野球の日本シリーズで優勝」を唯一絶対の夢として育み、それ以外に夢が存在することなど、それこそ夢にも想像できないという圧倒的な価値観の下で人格を形成することになるわけです。
したがって男の子が将来なりたい職業としては「野球選手」がダントツの一番であり、それ以外の進路は全て「その他」として一括りの扱いでした。その結果、自分の深層意識の最深部には、野球選手になれなかったという劣等感が今でも根強く植え付けられているだけでなく(笑)、野球というスポーツに関して他人事とは思えないような切迫感を常に感じながら生きてきたような気がします。
ようやく学生野球の試合をのんびり楽しめるようになったということは、少年時代の野球至上主義・野球原理主義を部分的に克服して多少は人間として成長したからなのか、あるいは単に年を取って色んなことに鈍感になったからなのか(苦笑)、いずれにせよ楽しみが増えたのは結構なことなので、来年の春期リーグもまた行こうかと思っています。