2012/04/01

ダイエット体験!(4)

4.環境が行動を規定するということ

私見ですが、サブカルチャー系の著作家の中には、哲学とか現代思想に関して一定の知見を有している人が多いような気がします。両者の間に何らかの親和性が存在するということなのか(笑)、その真相はともかくとして、岡田斗司夫氏もその系統に位置付けられる人であることは間違いなく、「いつデブ」や「レコ・ダイ」においても、それを窺わせる記述が散見されるようです。例えば、前項の最後に引用した「意志より環境」という話にも、実は思想史的な背景が存在しています。

どういうことかというと、私たちは自分のことを判断や行動の「自律的な主体」であると信じていますが、果たしてそれは本当だろうかという問題提起が、哲学や思想の重要なテーマだった時代があったからです。古くは「社会的存在が意識を規定する」という話です。

最近では、人間の行動を制約する方法に「法律」「規範」「市場」「アーキテクチャ」の4つがあるという話があります(ローレンス・レッシグ「CODE」)。例を挙げて説明すると、「不正乗車」を防ぐ場合、刑罰によって行動を制約する(法律)、道徳に訴えて行動を制約する(規範)、(社会的ペナルティを受けるなどの)経済合理性に照らして行動を制約する(市場)の3つの方法は、ある意味では個人の「自律的な主体性」に依存しているので、必ずしも上手くいかないわけです。ところが4番目に、「乗車券を電子化して不正を行えないようにする」という、いわば非人格的な方法が存在し、それを「アーキテクチャ」による制約とレッシグは呼ぶのですが、これが最も有効な制約方法であることは自明なわけです(笑)。

もちろん、こういった話を持ち出すまでもなく、あることを止めるには、それが出来ないような環境に身を置けば良いというのは当たり前のことです。ギャンブル依存や買い物依存であれば、お金を持ち歩かなければ良いわけですね。同様に、「メガマックを八等分」(文p.83)して一切れだけを食べ、後はゴミ箱に捨てたり、ポテトチップスの袋の中から「五枚選んで、後は水に浸け」(同左)たり、あるいは移動中の間食を減らすために「交通手段のチェンジ」(文p.192)をしたり、いずれも意志の力によってではなく、「それ以上は食べられない状況」を自ら作り出すことによって、カロリー制限を達成することの重要性を岡田氏は何度も述べています。

あるいは「未来レコーディング」(文p.119)も上記の発想に近いように思います。食事の度に意志の力でカロリーを制限するよりも、あたかも給食のメニューのように、最初から強制的に決められたものを従順に受け入れる心構えで食べる(笑)のであれば、ある意味で「それ以上は食べられない状況」を自ら作り出すようなものです。自分もこの方法を取り入れたところ、大いに効果がありました。今でも、朝と昼については殆どの場合食べるものを事前に決めて、出来るだけそれを守るようにしています。

・・・というわけで、「人間の意志や主体性はあてにならない」という現実認識からダイエットを始める必要があることが改めて良く分かりました(笑)。自分のケースで言えば、仕事帰りにプールや映画館に行くように心がけたのは、それらに熱中することで一時的に空腹を忘れるという利点もありますが、とりあえず食事の出来ない環境に身を置くことの重要性が分かってきたからです。

すると面白いことに、プールや映画館から出た後も、しばらくの間は大して空腹感を感じないことが何度もあったのは前項の終わりで述べた通りです。どうしてそういうことが起こるのか?その理由を考えている過程で、改めて「欲望」と「欲求」(新p.176)の違いや、「満腹メーター」(新p.186)の話が徐々に実感として理解できるようになったきたのですが、この話も長くなりそうなので(笑)、次回に改めて説明いたします。